補液の重要性
- 盛岡減量研究所
- 2016年9月16日
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抗がん剤使用中に極度の食思不振から体重減少を来すことがある。当院でも他院で抗がん剤治療を受けて極端に痩せた患者が二名いる。一人は婦人科系の癌で抗がん剤治療を受け半年で10kg以上痩せた。もう一人は泌尿器科系の癌で、かつネフローゼ症候群を合併し血清アルブミン値が2mg/dl以下に低下していた。私は、このようなケースでは高カロリー輸液やアルブミンの点滴を積極的に行うべきだと考える。
抗がん剤の治療では体調が相当悪くなり、食事が摂れなくなったり、嘔吐が高頻度で出現することで体力が失われる。その体力が失われた患者に、何回か抗がん剤を投与する。すると、ますます体力が落ちる。気力も失われる。私は治療期間が長くなる場合、積極的に高カロリー輸液やアミノ酸製剤、脂肪製剤、アルブミン製剤などを投与し体力を維持し、2回目、3回目の抗がん剤治療に耐えられるようにすべきだと考える。
私がみていると、その婦人科の医者も泌尿器科の医者も「癌」しか診ていない。栄養状態や心理状態に配慮しているのか?これもまたエキスパート医師つまり専門性が高くなりすぎたゆえに、栄養供給や体力維持に無関心になっているのではあるまいか。一部には、栄養を与えると癌細胞が増加すると言われているが、栄養供給が不十分であれば栄養失調で命が失われることになる。これは一種の治療死である。
最近の若いドクターはエキスパートを目指す場合が少なくないと聞く。エキスパート、いわゆる専門医にならないと働けない環境にあるのかもしれない。また昔のような大学病院の大医局と異なり、職場に医者が何十人もいる訳でないため、いろいろ教えてくれたり、質問したりできる先輩が少ないのかもしれない。
私は、今回の2名の患者をみて感じたことは、研修医は各科に進む前に補液・輸液学について学ぶ必要性があるということだ。心不全患者や腎不全患者への輸液方法や栄養失調症への輸液方法など。心カテや内視鏡あるいは抗がん剤の治療等の専門医に進む前に補液・輸液学をマスターしてほしい。
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話は逸れるが8月某日、当院に通院中の94歳の慢性腎不全の患者が肺炎と脱水症で腎不全が悪化して来院された。7月4日の検査でクレアチニンが3.80mg/dl、アルブミン3.40mg/dl 体重50.0Kgであった。8月1日にはクレアチニン5.00mg/dl 体重48kgに悪化したため、脱水にならぬよう飲水をすすめたが8月22日にはクレアチニン7.22mg/dl、 BUN96mg/dl、アルブミン2.5mg/dl、体重46kgに悪化していた。8月22日にはアルブミン50gとラクテック300ml、翌日にはアルブミン50gとソリタ3G 500ml+10%NaCl 20mlを輸液した。
23日にはクレアチニンは7.20mg/dlと横ばいだったがクロールが増えすぎたので25日に5%ブドウ糖液500mlにメイロン40mlを加え補液した。このケースでは本来、入院して24時間点滴で電解質を補正しつつアルブミン製剤を投与し、緩徐に脱水症を是正してやればクレアチニンは4.0mg/dl以下程度まで改善すると見込まれる。
そんな理由で地域の基幹病院の腎臓内科に紹介したが予約が取れず泌尿器科に回された。泌尿器科医にこの脱水症による腎不全の増悪が治療してくれるのか結果を待ちたい。約3Lの脱水による腎機能の悪化を、心不全などを悪化させることなく改善させてくれるのが私の希望だ。
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追記: その94歳の患者は何故か入院にならず当院外来で治療することになった。9月9日には、クレアチニン3.49mg/dl、BUN43mg/dl、アルブミン3.0mg/dl、体重49.0kg台へと改善してきた。目標はクレアチニン4mg/dl以下、体重49kgに据えたので、とりあえず目標に届いた。ついでにいうならメイロンには腎不全による重炭酸不足が原因の代謝性アシドーシスを改善する作用もある。
今回のケースでは初期には5%ブドウ糖500ml+メイロン40mlとアルブミナー50mlの点滴を週に2回、それ以外に重曹1gを1日3回服用させた。尚、肺炎に対しては腎機能を考慮しレボフロを初日500mg、3日後、5日後250mgを経口投与した。重曹は9月8日より1日1gとし9月12日の段階でクレアチニン2.93mg/dl、BUN41mg/dl アルブミン3.5mg/dl、体重は49.6kgへと改善している。
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脱水症は細胞外液の血漿部分から生じる。いわゆる脱水症は過剰利尿や過剰発汗だけでなく、膠質浸透圧を構築するアルブミンが減少しても生じ得る。栄養性脱水症(摂食不良に伴う脱水症)つまり、いくら水分を摂っていたとしてもタンパク質の摂取不足があるとアルブミン合成の減少から細胞外液の血漿成分が喪失し、いわゆる脱水症を生じる。もし今回、ラクテックだけを補液したなら細胞外浮腫や肺水腫を生じる可能性があった。
それゆえアルブミンの補液で膠質浸透圧を維持した上でラクテックを、かつ安全性を考え300mlに留めた。22日の時点では腎機能やアルブミン値、カリウム値が全く不明であった。脱水症の治療は飲水もしくは補水だが、膠質浸透圧を構築してからの補液でないと肺水腫で死なす可能性がゼロではない。例えば肺水腫を間質性肺炎と診断しステロイドを投与したらNa貯留から肺水腫は悪化することもある。
腎不全と心不全の治療は利尿剤と強心剤だけではない。基本は水分出納であり血漿と間質液の調整である。ところでSGLT-2阻害剤は血糖値に比例して利尿作用が働くので夜間の血糖が低い時間帯には効果が薄い。またフロセミドのように腎虚血やスピルノラクトンのように高K血症もきたし難い。よってIGTレベルの耐糖能障害を有する軽症の腎不全や心不全の治療にSGLT-2阻害剤は有用である可能性がある。